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僕は生活を変える。
友達の習慣をまねると決めたからにはまねる。
一度机の前に座ったら何か書くまで離れない。
僕が執着するべきは彼女のことなり職場の人なり仲間やあこがれている人だったりの、僕への評価などではない。
それらはむしろ執着すればするほどにどこかへ消えてゆくものだ。
誰にもろくに連絡もできていない日々が半年近く続いたろうか。
少しずつ生活を変える。
どうにもこうにも行かない日だって、何か書いたらすっきりするかもしれないし、何か書いたら気づけなかったものに気づくこともできるだろう。
自作の作品集のvol.2として詩集を出すつもりでいる。うまくそいつがまとまれば、音や演出を少しつけて朗読会も開くつもりだ。
暑中署中見舞い見舞い
無印良品でチェックリストを買った。僕はタスク管理やスケジュールを組むことが滅法下手になってしまったから、少しでも役に立てばいい。
どうしてこんなに後手後手になって、大事な人たちに会いに行ったり、何かやりとりすることすらろくにできなくなってしまうのだろうか。
どうしてこんなに後手後手になって、自分の才能を使って表現をしないまま日々を費やし歳を重ねているのだろうか。
正直に言って、読書や執筆の際にかつてほどの没入感を失っている。でもコーヒーを飲むのにもちょうどいい温度ってものがあるように、創作においても、ある程度冷めていた方がやりやすいのかもしれない。書きやすく、読みやすい。
文学賞で審査を務める小説家たちが「熱い気持ちのこもった初期衝動をぶつけてください」などコメントを書くのはこのことと密接な関係がある。
とまあ、そんな感じでくだをまく、仕事まえの朝のひととき。
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6月になりました。
2025年もだいたい半分まで過ぎたということです。
きちんと物書きができるような新居を探しているところです。本気で取り組める場所を探しています。
仕事も周年イベントの準備があってなかなか大変。ちょっと口を出したところほとんどぼくの手に委ねられてしまいました。けれどもお金はいくらあってもぜんぜん足りない。このところ節約意識が欠落していて困ります。
なるようになる。
ざっとこんなところです。
心のままに
雨は憂鬱、大抵みんなそうだ。
自然や肉体そのものがスロウであるのを求めている。
そんな時に変に抗おうとすればするほど心は疲弊するばかり。
人はそれでもなんとかしようと頑張ったりする。
自然のままに生きる生物たちはこんなとき、黙って雨滴を眺めているだろう。
思考のギアもそこまで落とし、周りの人たち、自分の将来、そんなことぜんぶ忘却する。
看板や壁や車や街灯を重力に従って流れるままの雨を眺めていればいい。目を閉じてもいい。そうして少し元気が出たらじっくり本でも読んで過ごすのもいい。
心もまた、流れるままに。
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僕はいつでも書く書く言って書かないひとだ。やるやる言って結局やらない。
何か理由とかあるんだろうけど、それがなんなのか今一つ見えてこない。
時間がないは真っ赤な嘘で、勇気がないのも嘘なのだ。
環境が悪い?言い訳だ。
そんなことばかり書いても、書くこと自体楽しくなくなってしまうから、もうやめよう。
楽しくあそぼう。ぼくの遊び場、ぼくの逃げ場だ。逃げ場と言っても、僕の人生の目標はこの逃げ場にこそあるというのに、それをなんとなく罪悪に感じてしまっていることにこそ問題があるのかもしれない。
堂々めぐり
酔っぱらってライブを見たい。尻から火を吹く。耳の穴。
手遊び
ゴールデンウィークの恩恵を受ける人々にとっては今日が最終日なのだそうだ。
このところ気圧がぐんと下がる日が多く、眠気や倦怠感が街全体のムードだと言える。
どことなくバンクーバーのレイニーシーズンというかクラウディシーズンを思い出すが、当のバンクーバーは快晴続きの夏がすでに顔を出し始めているようだ。
先日、仙台より物書きの先輩であるマキさんからの小包みが届いた。いただいた食品などには懐かしい地名がちらほらとあり、故郷でもないのに郷愁の念にとらわれた。絵葉書の裏のメッセージに奮起する。
20日が実質締め切りとなる文学賞にどうしても作品を提出したいのだが、自分の作品に向き合う勇気や活力がなかなか出せないままでいる。仕事のない日は友達と酒を飲んで、寝て、あんまり家にも帰らない、面白くって堕落した日々を過ごしている。そうしているうちにも残り時間はすり減ってゆく。だが、メロスのように駆けたなら、沈みゆく斜陽を追い越すような速さで書けたなら、なんとかなるかもしれないと思う。
このブログのように好き勝手にキーボードを叩いている時は自分がジャズピアニストになった気分だ。とても気持ちがいいひととき。ぼくはサン・ラ。ぼくはジョージ・シアリング。
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夜におなかがへりました。
ははが今日、さすがにおなかがたるんできたねとぼくに言いましたから、ぼくは食べずにこらえようと思います。これから夏がやってきますし、あんまり運動はしませんから。
いきてゆくことについて、考えたってしかたがないです。ぼくら遅かれ早かれしにますから。
明日は退院するおじいちゃんをむかえに行っていっしょにごはんを食べてから、ねこのつめを切ってあげてにもつをせいりしたらY市にもどって、はくぶつ館とびじゅつ館となかはらちゅうやきねん館に行くよていです。でも夜までにはF市に帰らないといけないから、いそがしくなりそうです。しんかんせんに乗るのが楽しみです。
このところ、とってもたいへんです。いま書いているしょうせつはい書のようなものにしたいと思っています。自分からしぬつもりはありませんけど。